お墓の代わりに納骨堂では成仏できない?

◆お墓がない
 高齢化社会が進み「終活」がブームとなっている。故郷を出て上京した人、長男じゃない人は入るお墓がない。新たに作れば数百万はかかる。そこで最近の傾向はお墓じゃなく、「納骨堂」に遺骨を納めるのが増えている。
 
◆お墓の中がまけまけ一杯
 数年前、父が亡くなって納骨するときに困った。お墓の骨壷を納めるところ(カロートという)に骨壷がいっぱいになって入らない。
 
 ご住職に相談したところ、石材店・墓石業者に頼んでみてください、と言われた。数十年経ったお墓なので、だいぶくたびれとる。なんかよくわからんが、メインのお墓の隣にもいくつかお墓がある。
 
 業者はこの機に新しいものを建てましょうと言って、見積もりは数百万円になっとった。保留して先送り。
 
 とりあえずは実家のお仏壇に置く。それから数年して、母も亡くなった。両親とも納骨できない、どうしよう。もう一度、同じご住職に相談する。やっぱり業者さんに頼んでください、という返事だった。実家も借りものなので、整理(処分)して明け渡さなくてはならん。
 
◆持つべきものは友
 友人・知人たちから、思わぬ解決策を教えられた。ひとりは地元出身で年下。もうひとりは神戸出身の同年代。ほぼ同じ内容だった。
「お墓の中が骨壷で一杯になったら、壺を砕いて中の遺骨を土に還す」。墓石の骨壷を入れる場所の下は石ではなく土になっている。そうして、父と母を土に還した。30分もかからなかった。
 
◆諸説はあろうが、調べてみるとわかったこと
 火葬場から帰って来た骨壺は、火葬場から仏壇へ、仏壇から墓地への「運搬具」である。墓地まで運んで母なる浄土の土へ還す。壺のままだといつまでも土に還れない。骨壺を保管するものではない。
 
 魂は仏の世界に往生したのに、いまだ遺骨という残りがあるようではこの世に忘れ物をしているようなもので、名実ともに往生し、成仏しなければならない。
 
 遺骨に対して供養をするわけではなく、霊に対して供養をする。極端に言えば、「遺骨はなくてもいい」。
 
*ということは、最近よく宣伝している「納骨堂」では成仏できないということになる。それをお寺さんがやっているとしたら、罪深いことだな。

◆日本仏教への不信感
 てな訳で、先代から何十年とお世話になってきたお寺さんへの不信感がわく。一般の人が、それも地元以外の人も知っていることを、この世界の専門家である僧侶が知らないはずがない。どうするかは別にして、こういう方法が昔からありますよと言うべきでないか。お寺さんは葬儀、仏壇・仏具、墓石・霊園墓地などの業者・産業と癒着しとるんかいな?

◆ゲゲゲのゲ
「人間は死ねば大地に食べられる。すべては大地に帰るのだ」   
 水木しげるさんの言葉 

墓場鬼太郎.jpg
▲2008年、深夜に放送された「墓場鬼太郎」

「ゲゲゲの鬼太郎」は元々、水木さんのオリジナルではなく「ハカバキタロー(墓場奇太郎)」という紙芝居があったものをその作者了解のうえ、「墓場の鬼太郎」というタイトルで貸本漫画を作ったのである。雑誌連載でも人気が出て、テレビアニメで放送するときに、墓場じゃイメージが暗いということで、、ゲゲゲにしたらしい。
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