ピンちゃん、さようなら

 1年ほど前に
「ピンちゃんピンチ! ステージ4」2017年4月5日
http://carlos07.at.webry.info/201704/article_1.html
というのを書いた。

 ピンちゃんは北海道の警備員だった。理論物理学の博士号を持ち九州の大学で教えていたこともある。人生紆余曲折あった。

「ピンちゃんの赤貧日記」http://sekihin.jugem.jp
というブログを毎日更新していた。
 ピンちゃんは昨年3月下旬に、突然、すい臓がんのステージ4を宣告された。末期状態で他への転移もあり、手術はできない。生存率は5年後1.5%という残酷なものである。

 私は昨年12月の上旬頃から体調を崩し、治りかけたと思ったら、家族が調子悪くなり、さらに忙しい時期になって、ネットをごぶさたしていた。最近ちょっと落ち着いてきたので、久しぶりにピンちゃんのブログを見に行った。タイトルで胸騒ぎ、嫌な予感、まさか……

『2018.02.10
 おわかれです
 2001年9月22日から続けてまいりました赤貧日記ですが、
 残念ながら今日をもちまして終了致します。
 長年のご愛読に感謝致します。
 それでは皆様さようなら  ピン』

 となって更新が止まっていた。

 そのあとのコメント欄に数日後ピンちゃんのお兄さんが書いていた。
『ピンの兄です。
 ピンは私と母親が見守るなか、静かに息を引き取りました。』

 まさかこんなに早く逝ってしまうとは。

 この数年に自分のまわりでも起こったことが駆け巡る。知人のNさん、Yさんも元気な人だったのに、まるでかき消すように亡くなった。K君は前の日に元気だったのに翌日、急死した。まだ二十歳だった。なんとも言えない感じ。死は確実に訪れるけれど、それはいつかはわからない。「生きる・死ぬ」ということは何なんだろう?

 ピンちゃんは亡くなる2カ月前まで容態は安定していた。
『酒浸りの警備員として朽ち果てる予定だったのが、
 人生最後の時間を有効活用して物理の勉強をし直すことにしました。
 それで何がどうなるってことでもないのだけど、
 宇宙の真理、神秘に少しでも近づければそれでいいやと思っております』

『あと最低でも1年、できれば2年くらいは生きていたいのだよね。
 そしたら東京五輪も観られるし、
 物理の勉強も量子力学まで終わってそれなりのことやれるはずなんだけど』

 末期がんという過酷な運命を人生の新しい展開ととらえ、目標・生きがいを持って生きるようになった。しかし、志半ばで倒れた。決して無駄ではない。生きることはプロセスである。

 ピンちゃんは亡くなる2カ月前に書いている。
『ほとんど忘れかけていた物理学への情熱がよみがえり、
 物理の勉強をするのがほんとに楽しくてしょうがないのだ』
『(癌になる前より)今の方が幸福なような気がしてきたのだ』

 ...合掌...
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▲北海道・壮瞥(そうべつ)公園梅林から春の洞爺湖を臨む

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